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森本喜久男の経歴、年齢、出身、病気、エピソードなどを調査!

テレビ






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日本とは遠く離れた「カンボジア」には、ある一人の有名な日本人がいます。
彼の名は「森本喜久男」

彼の行った素晴らしい功績について調べてみました。




驚くべき経歴の持ち主



まずは「森本喜久男」さんの経歴をざっとご紹介しましょう。



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1948年 京都生まれ
友禅職人の工房に弟子入りし、20代前半はそこで染め物職人として修行を積む。
20代後半になると、独立して手書き友禅工房「森本染芸」を立ち上げ主宰に。

もともとは、京友禅の染め物職人としてスタートした森本さんですが、
30代になるとその人生にも陰りが見え始めます。

30代に入り、職人として行き詰まりを感じ、東南アジアの農村や難民キャンプをボランティアで訪れる。
その時にカンボジアの素晴らし織物に出会い、その技術の衰退をしり、
1996年「IKTT」(クメール伝統織物研究所)を設立し、技術の復興を目指す。
2003年シエムリップ市郊外に織物の村を作り、現在は100人以上がそこで生活をしている。

受賞歴
2004年 ロレックス賞(第11回)
2010年 社会貢献者表彰
2014年 外務大臣表彰
      社会貢献者表彰

カンボジアにわたり、村を作るという一大事業に着手した時は50代だったそうです。
森本さんの行動理念の一つに「現状維持は後退を意味する」というものがあるそうですが、
まさに常に変化と進化を求めた森本さんだからこそできたことなのかもしれません。




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www.iktt.org




何が彼を行動させたのか



実は森本さんはガンを抱えていらっしゃいます。
余命5年と宣告され、今年がその5年めなんだそうです。
日本には実の娘さんもいるにも関わらず、カンボジアでの生活を選びました。
カンボジアでは、日本のような痛み止めや十分なケアができないことも多い中、
痛みを押してまで村に人生を捧げる、その行動にはどんな思いがあるのでしょうか。




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本来、染め物職人として数々の布や染色技術に興味があった森本さんは、
カンボジアの染め物の技術とそのシルクの美しさに一瞬で魅了されました。
しかしその技術はマニュアル化されたものではなく、母から娘へと引き継がれるもの。
長らく続く内戦で、多くの職人やその技術を知る人達が亡くなり、
伝統の衰退に大変危機感を感じた森本さんは、人を守るとともにその技術の復興も図ります。

そのためには、人々が安心して暮らせる場所が必要で、
生地の原料となる蚕や、染色の材料確保もできるとして染め物の村を作ることを決意。



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需要と供給のあったデザインや商品を作り、適正価格で取引ができるよう手配し、
きちんと技術を伝承できるシステムを作ったといえます。

当初は言葉ができないので通訳を介していたようですが、
指導や思いを伝える上で用いる厳しい言葉を訳してもらえていない事に気づき、
自分の思いは自分の言葉で伝えないと、ということで現地の言葉を猛勉強。

気がつけば余命宣告の期限の歳になっていた。
自分のいなくなった後も、変わらず技術が伝承されるのか、思い残すことはないのか。

4月9日(日)夜11時からの『情熱大陸』

森本さんの築き上げてきた現地の人達の生活と、人生をかけた覚悟を見ることができます。